NEWS

父親になってパート1

2009.02.18 | 過去のブログしんじ

男性は、出産や母乳育児を経験する女性と違って、なかなか親としての自覚を持ちにくいなぁと思います。しかも、息子が退院して我が家での生活を始めた2月2日以降は晩の会合が続いたので、私が帰宅するのは殆ど家族が寝静まってからでした。息子がおっぱいを欲して夜中に泣いた時に抱っこをしてやる、それくらいの触れ合いしかもてませんでした。でも今日は7時には帰宅できたので、心行くまで息子の百面相に見入りました。

私は、毎朝毎晩、自宅の神棚に今日までの家族の無事を感謝し、明日からの幸せを祈ります。家族の名前を1人ずつ胸のうちで唱えますが、生後7日目に家でささやかな命名式を行い、墨字で「一樹(いつき)」と書いて以降は、赤ちゃんと呼んでいた息子は一樹になりました。近頃は、その名前が非常にしっくりくるように感じています。

「赤ちゃんが自分で名前を選んで生まれてくる」と親しい友人に聞きましたが、本当にそうだなと思っています。臨月になってから、3日連続で「長男の名前検討会議」を行いました。妻は、「こんな響きがいい、こんな字がいい」とたくさんの希望を出しましたが、いざ名前にしてみるとどれもしっくりきません。一方の私は、かつて二之湯という苗字のルーツを探ったことがあり、「二之湯とは、二つの川・瀬の合わさるところ」と解釈しているので、異なる二つを調和させるような懐の大きな男になって欲しいと、「和」「合」「結」などの字を考えていましたが、こちらもしっくりきませんでした。

3日目に、私の恩師から借りてきた字画の本を頼りに、総画・天画・人画・地画・外画、それらのバランス、それに加えて音を重視して決めるというやり方で候補を絞ることにしました。そうすることで、湯の次が1画の「一」に決まり、二文字目は16画の字が良いということになり、「樹」しか無いなぁと「一樹」と書きました。それを「いっき、いっき」と読んで、何度目かに「いつき」と読んだ時に、妻とともに何となく納得し、それ以後は他の名前を考えることも、「一樹」の意味を考えることもなく、検討会議は終了しました。何とも不思議なものですが。

生後しばらくの病室で私が母に「一樹」と名づけようと思うと報告すると、「オンリー1の大きな樹か、いいな」と解釈しました。しばらくして、私は、はっとしました。二つの異なるものを一つにする、そんな大きな男。天高く聳え立つ、その幹や枝々には鳥が住まい、小動物が走り、昆虫が寄生する、そしてその木陰は多くの命に安らぎを与える。二之湯一樹は、親の理性を超えたところで、親の思いを表す名前を持って生まれてきてくれたのです。生後、分娩室で産声をあげると同時に私におしっこをひっかけた息子。「こいつはなかなかな奴だ」と、親ばかの私は今夜もそう思うのです。

pagetop