平成21年(己丑)年頭に記す

2009.01.06 Tuesday|過去のブログしんじ

皆様、あけましておめでとうございます。

平成20年は、米国の金融危機に端を発した世界同時不況が深まるうちに幕を閉じました。そんな中で、多くの方が、平成21年は「明るく幸せな一年に」と希望されていると存じます。本日国会が開会しましたが、こうした時ほど迅速で力強い政治の対応が求められる時はありません。私も地方議員として、微力ながら全力でこの難局に立ち向かいたいと決意を新たにしています。

さて、地方議員として2年目の昨年を振り返ると、ようやく少し視界が晴れてきて自分なりの活動ができるようになってきた、といった風でした。まだまだではありますが、仕事に追われてはこなす日々に「何故自分が議員になったのか」という本義すら見失いがちになった議員1年目に比べて、少しずつ議員活動にも慣れてきて、常に遠くを見つめながら目の前の仕事に取り組む態度も身についてきたように思います。このブログの更新や紙媒体の「二之湯真士通信」の発行も軌道に乗せることができました。

本年は、その基礎に立って、さらに活動を充実させて参ります。お陰様で、春には私をお支え頂く後援会組織も設立する予定です。府政報告会や懇談会などに加え、旅行会などの各種リクリエーションも多数開催し、より多くの方々と触れ合う機会を確保し、皆様と喜怒哀楽をともにできる「真の代表者」になるんだという気持ちで、精進を続けたいと思います。

ところで、本年は「己丑(つちのとうし)」の年です。私の行の師匠が言うには「身構えて、確かな歩みで進めば、地は耕され、いずれ芽が出る、焦らずそれを待つのが良い」という年のようです。私も、決して功を焦るようなことはなくしっかりと身構える、つまり自らが政治に臨む大義を再確認して、困難が伴おうと愚直に着実に歩んでいくのが良い、いやそうしないと濁流に飲み込まれるような激動の年である、と直観しています。

この心構えでこの一年もしっかりと頑張りますので、本年も皆様のご指導・ご鞭撻を宜しくお願い申し上げます。


消防団の激励訪問

2008.12.26 Friday|過去のブログしんじ

年末になると、「火の用心」の声を耳にしませんか?消防団員の方々が、連日夜回りをされておられるのです。京都市内では12月20日以降大晦日まで、各地域の消防分団の詰所に団員が集まり、代わる代わる警戒に回られています。そして、私たち地方議員はその詰所に激励のためにお伺いし、地域の色々な事情などをお伺いするのが慣例となっています。

右京区は、古くからの市街地と旧京北町や水尾・宕陰という山間地域に大きく分けられますが、地域における消防団の位置づけや役割も大きく異なります。例えば、山間地域では、少し事情が変わってきたとはいえ、消防団に入ることが通過儀礼的な意味すら持ち、その役割も山火事などの初期消火をするといったものです。一方、市街地では、消火活動ではなく、火災の際に周辺の交通規制など消防署員による活動が円滑にいくような条件整備に努めるのが任務となります。いずれにせよ、地域防災・防火活動の中核であり、地域に不可欠な存在です。

しかし、どの地域においても、団員を確保するのが困難となっています。山間地域では、そもそも若者自体が激減しているし、都市部では地域活動に参加する人自体が減少しています。また、団員はいざという時に対応できる地元で働く方がベストなのですが、サラリーマン社会となった今そういう団員を確保するのがなかなか難しいのが現状です。

そうした状況にありながらも、消防団の方々は地域の安全のために職務に励まれています。12月の24日・25日のクリスマス(イヴ)の両日、私も各所を回りましたが、小さなお子様をお持ちだろう団員さんらが、晩の8時以降に職務に励まれていました。去る12月の代表質問で、「地域の安心・安全に多くの役割を担う地域社会、その組織の実態をもっと広くPRすべき」と訴えました。昨今言われる「地域力の衰退」の一因に、特に都市部において、地域のために献身的に活躍されておられる方々があまり認知されていないということがあると考えています。殺伐とした今こそ、そうした方々にもっと光を当て、地域住民が感謝の気持ちを持つと同時に、地域で助け合う良き慣習を取り戻さなければならない、と思います。


21年度予算とその報道の『東京一極集中』

2008.12.25 Thursday|過去のブログしんじ

平成21年度の政府予算案が閣議で決定されました。世界的な金融危機・景気の急激な悪化を受けて、景気・雇用対策や社会保障費の増加で、一般会計総額は過去最大の88兆円となりました。財政再建路線を一時棚上げにして、歳出の増加を図ったのは、緊急避難的な手段としては正しいと思います。

さて、この予算では小泉内閣以来削減されてきた地方交付税は増えましたが、地方にとってどう見るべきなのでしょうか?

地方の予算は、国から与えられる地方交付税と補助金、地方税、そしてそれぞれの自治体が発行する債券が主な収入となります。そして、主要な財源である地方交付税は、国が毎年定める地方財政計画によって算定されます。つまり、国が地方自治体全体の予算の骨格を決めるわけです。全体として、地方の人件費はいくら、社会保障費はいくら、投資的経費(公共事業費)はいくら、一般経費はいくら、という具合に、自由に使えるのが建前の交付税ですが、算定の段階で内容にまで踏み込んでいるのです。

今年の地方財政計画はと言うと、交付税総額は増えたものの、その内訳は、自然に増加する社会保障費が増えた一方で、人件費と投資的経費はマイナスというものです。これは、地方の規模を縮小しようとする小泉内閣以来の基本方針のままです。地方の人員は、今年が3万人、来年は2万5千人の削減となり、この2年間で18人に1人(5.5%)減らす計算です。一方、国の公務員は、同時期に1%も減りません。こうした事実、つまり「地方では血の滲むような行財政改革をし、国では殆ど進んでいないということ」は、新聞やテレビではあまり報道されず、一般にも知られていません。今回の予算案の報道でも然りです。

私は、去る12月定例会の代表質問で、「次の京都府総合計画で、活力と夢と希望ある京都の姿を描くはずだが、それを実行しうる人的・財政的な整備はきっちりとできているのか?これまで通り、人と予算を削り続けるだけでいいのか?」と問いただしました。知事からは明確な答弁はありませんでしたが、それは上記のような理由から、国が地方を縮小しようという方向で動く限りそれは難しいというサインなのだということです。

この度の地方財政計画やマスコミの報道で、地方分権の必要性が声高に叫ばれながら、政治も行政もマスコミも依然として東京からしか物を見ていないのが現状なのだと再認識しました。