お陰様で後援会組織が設立しました

2009.03.30 Monday|過去のブログしんじ

選挙を終えて2年が過ぎようとしている今日この頃、お陰様で後援会組織が設立いたしました。

この2月・3月は、平日は連日議会が開催される中で、初めての旅行会と後援会組織の設立に向けて慌しい日々を過ごし、ブログの執筆もままならず大変失礼を致しましたが、お陰様をもちまして、私の誕生日である3月27日に、後援会設立の記念祝賀会を開催して頂き、550人もの方に御臨席を賜り、祝福をして頂きました。皆様には心より感謝申し上げます。

右京区の方々にお集まり頂いた会でしたが、その限られた地域の中でも、父が前尾繁三郎・野中広務両代議士のもとで勉強させて頂いていた時分の知人から、私が当選後の活動で知り合った方々まで、実に様々なご縁の方々にお集まりいただきました。不思議であり複雑なご縁に支えられていることに、改めて感動を致しました。

地方議員にとっては、いかに多くの方に本音で接していただけるかが活動の質を大きく左右すると思いますが、その点2世議員の私は、父からのご縁を頂いている多くの方々には、議員になった当初から時に優しく時に厳しく親身になって接して頂き、議員としてだけでなく人間としても成長をさせて頂いております。この上ない幸せであります。これだけ下駄を履かせていただいてるからには、それだけの仕事をする宿命にあるのだと、覚悟を決めております。

古神道や修験道の行を通じて得た理念をもとに、「今こそ、伝統が未来を拓く!」という信条を掲げて、選挙をしました。つい最近まで、その言葉の意味について、「悠久の歴史」とか「確立された文化の体系」とか「古神道や修験道の行」などに学ぶという大そうなことばかりを想定していたように思います。しかし、議員活動をお支え頂いている人々の輪の有り難味を改めてかみ締めている昨今では、ごく身近にいる人々との触れ合いの中で、我々が受け継いできた生活上のちょっとした知恵や言動、そういった日常生活レベルのことをしっかりと受け止めていかねば、私の言葉はまるで空理空論になってしまうな、と痛感しています。何でもそうですが、全体と細部、ともに掴まねばならないのです。

また、父となった今、その生活実感の中で得た我々の長所の本質を、わが子やその友達、広くは後世にいかに伝えていくべきであるかという責任を痛感しています。

後援会設立を機に、今まで以上の政治的宿命を感じています。この気持ちを忘れずに一生懸命頑張ります。引き続いてのご指導・ご鞭撻を宜しくお願い申し上げます。


二丿湯しんじ通信 第5号

2009.03.01 Sunday|過去のブログしんじ

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父親になってパート1

2009.02.18 Wednesday|過去のブログしんじ

男性は、出産や母乳育児を経験する女性と違って、なかなか親としての自覚を持ちにくいなぁと思います。しかも、息子が退院して我が家での生活を始めた2月2日以降は晩の会合が続いたので、私が帰宅するのは殆ど家族が寝静まってからでした。息子がおっぱいを欲して夜中に泣いた時に抱っこをしてやる、それくらいの触れ合いしかもてませんでした。でも今日は7時には帰宅できたので、心行くまで息子の百面相に見入りました。

私は、毎朝毎晩、自宅の神棚に今日までの家族の無事を感謝し、明日からの幸せを祈ります。家族の名前を1人ずつ胸のうちで唱えますが、生後7日目に家でささやかな命名式を行い、墨字で「一樹(いつき)」と書いて以降は、赤ちゃんと呼んでいた息子は一樹になりました。近頃は、その名前が非常にしっくりくるように感じています。

「赤ちゃんが自分で名前を選んで生まれてくる」と親しい友人に聞きましたが、本当にそうだなと思っています。臨月になってから、3日連続で「長男の名前検討会議」を行いました。妻は、「こんな響きがいい、こんな字がいい」とたくさんの希望を出しましたが、いざ名前にしてみるとどれもしっくりきません。一方の私は、かつて二之湯という苗字のルーツを探ったことがあり、「二之湯とは、二つの川・瀬の合わさるところ」と解釈しているので、異なる二つを調和させるような懐の大きな男になって欲しいと、「和」「合」「結」などの字を考えていましたが、こちらもしっくりきませんでした。

3日目に、私の恩師から借りてきた字画の本を頼りに、総画・天画・人画・地画・外画、それらのバランス、それに加えて音を重視して決めるというやり方で候補を絞ることにしました。そうすることで、湯の次が1画の「一」に決まり、二文字目は16画の字が良いということになり、「樹」しか無いなぁと「一樹」と書きました。それを「いっき、いっき」と読んで、何度目かに「いつき」と読んだ時に、妻とともに何となく納得し、それ以後は他の名前を考えることも、「一樹」の意味を考えることもなく、検討会議は終了しました。何とも不思議なものですが。

生後しばらくの病室で私が母に「一樹」と名づけようと思うと報告すると、「オンリー1の大きな樹か、いいな」と解釈しました。しばらくして、私は、はっとしました。二つの異なるものを一つにする、そんな大きな男。天高く聳え立つ、その幹や枝々には鳥が住まい、小動物が走り、昆虫が寄生する、そしてその木陰は多くの命に安らぎを与える。二之湯一樹は、親の理性を超えたところで、親の思いを表す名前を持って生まれてきてくれたのです。生後、分娩室で産声をあげると同時に私におしっこをひっかけた息子。「こいつはなかなかな奴だ」と、親ばかの私は今夜もそう思うのです。