祭りの季節、神輿を担ぎます

2010.10.16 Saturday|過去のブログしんじ

皆さん、お元気でお過ごしでしょうか?

「秋と言えば」の書き出しが続きますが、最近は「秋と言えばお祭り」ではないでしょうか。この時期、豊作を祝い感謝するお祭りが至るところで行われていますね。今年は、酷暑で米や野菜の不作も言われていますが、・・。それでも、日本ではかつてのような餓死者が出るような飢饉などは起こらなくなりました。先人達の努力の積み重ねにも感謝です。

私は、議員になってから色々なところで神輿を担がせてもらっています。高校生以来、体育会系でなくなったので、正直言って慣れないうちは「しんどいなぁ」という気持ちが強かったですが、慣れてくると楽しいものですし、神輿に手を合わせるお年寄りなどを見ると、少しでもいいことに貢献できているなぁと嬉しくもなります。

写真は、私の地元太秦の木島(このしま)神社のお神輿に参加した時のものです。この日は、私が小・中・高校と過ごした西院の春日神社のお神輿も「はしご」しました(笑)色々なところにお誘いいただくのは有難いですが、全部中途半端になってしまうのが申し訳なく残念です。明日17日も、右京区では、福王子・住吉大伴・今宮・山王など、たくさんの神社のお神輿が巡行します。

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My キャラ&ロゴ

2010.10.07 Thursday|過去のブログしんじ

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既に名刺とノボリには使用していますが、改めて僕のキャラとロゴを紹介します。

キャラもロゴも、ラヂオしんじで対談した師匠・表先生のデザイン事務所のヤマモ(ラヂオにも一部出演!)が作成してくれました。色々な注文をつけましたが、それに応えてくれたうえに、色々な独自の工夫もしてくれました。ちなみに、ヤマモも修行者です。

キャラで私の背後にあるのは沢瀉(おもだか)で、二之湯家の家紋です。改めて少し調べると、面高「面目が立つ」だとか葉の形が矢じりに似て「勝草」と呼ばれるなど、武人の家紋として普及したとのことです。私は、百姓出身だと聞いていますが、江戸より前は兵農未分離で自分の土地は武装して自分で守っていたのだから、そうなのかもしれません。

また、二之湯は、もともとは三重県いなべ市員弁町にしか無い名前ですが、そもそも稲を運んできた稲部(いなべ)という部民が何かの理由で現在の員弁に移動してきたという伝説?も以前耳にしたことがあります・・。何か、深いところでの権力逃走に関わっていたのでは・・・!?定かなことは分かりませんが、二之湯家の由来を訪ねれば「日本史の深いところに行きあたったりするかも!!」と勝手に妄想して楽しんでいます(笑)

本来は、丸に沢瀉ですが、母方の祖母の出身地である出雲と切っても切れないご縁を感じ、出雲の国の大社はもちろん、その一宮である熊野大社や神魂(かもす)神社、そして何より美保神社に通じる亀甲を使わせて頂いてます。こういう話をすると、きりがありませんので、今回はこの程度で・・。

ログですが、湯の文字の赤い点、これはヤマモ曰く「昇っていく太陽」なので、生まれたての太陽の如く朱色を使っています。兄弟子思いなので、上昇運を刻み込んでくれました。改めて、ありがとう!


本会議質問の録画がUPされました

2010.10.06 Wednesday|過去のブログしんじ

9月30日、本会議場で山田知事に質問しました。

世界規模の大変革期において、日本の統治の在り方も、根本的な見直し議論を始めないといけない。そういう観点から、以下の4つの項目について質問しました。

1.住民自治のあり方について
2.基礎自治体のあり方について
3.京都府と京都市の関係について
4.広域行政組織について

特に、3に関しては隣の大阪府で「都構想」が議論されています。これは、大阪だけの、橋下知事だけの問題ではありません。東京都も、かつては東京府と東京市であったものが、行政の非効率を解消し国家の力を結集するために、昭和18年に東京都と特別区になりました。今、東京都と特別区に、大阪や京都のような二重行政はありません。京都府と京都市も同種の問題があり、むしろ京都の方が264万府民に対して市民147万人、実に56%の住民に対して二重行政をしているお粗末な実態があります。
この9月府議会には、国との二重行政を解消することも視野に「関西広域連合」の承認を求められています。それなら、まず府内の二重行政を解消するべきだというくだりは、私なりにしっかり発言させて頂きました。是非とも、質問の録画をご覧ください。

京都府議会HP
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