第1子が誕生しました

2009.01.29 Thursday|過去のブログしんじ

1月28日の夕方、おかげさまで第一子の男の子を授かりました。体重3300グラム、身長50センチの健康な子です。本当に感謝に耐えません。

その日の早朝5時頃に「陣痛が始まった、病院へ行こう」と妻に起こされ、二人で病院へ行き、そのまま出産に備えて入院となりました。内診では異常が無かったのですが、その後しばらく陣痛の周期や強さと赤ちゃんの心音の確認がなされた後で、先生が「陣痛が起こると赤ちゃんの心音がゆっくりになり弱くなっているので、どうやらへその緒の巻きついていると思われます、通常の分娩はリスクが大きいので帝王切開が無難です、1時間後に手術をしましょう」と告げられました。何となく「危ない」という雰囲気が伝わってきて、夫婦2人で不安に陥りました。

ところが、手術を待っている1時間で赤ちゃんの様子が安定してきました。そこで、もう少し様子を見て分娩の方法を決めることになり、お昼過ぎには通常の分娩でも問題は無さそうだということになりました。私は、ここまで妻の様態を見守っていたので、始終妻に付き添うことにしました。おかげで、分娩室で私は本当に素晴らしい経験をすることができました。

力を振り絞り授かった命をこの世に迎えようとする母、母のお腹からこの世で生きるために出てこようとする赤ちゃん、太古の昔からこの母子の共同作業が延々と続けてこられてきたんだと思うと、その神秘に胸を打たれました。私は、いや父親は、この感動的なドラマに加わることができない、でも少しでも妻の気持ちの支えになれればと傍に居続けました。

そして、4~5時間・・・。「赤ちゃんの頭が出てきましたよ!」という助産師さんの声と同時に、私もその頭をしっかりと眼にしました。その頭をしっかりと掴み、助産師さんがぐっと力強く赤ちゃんを引っ張ると、首と片腕にへその緒を巻きつけた赤ちゃんが完全に母体を出てこの世に姿を現しました!!しばらくの沈黙、その後、全身を振り絞るような表情としぐさで「あ~」と体の奥深くから発する声で泣いた時、思わず身震いするような感動に襲われ、涙がこぼれそうになりました。「ああ、命の誕生」。おまけに、その後すぐ、おしっこを私にだけふっかけました(笑)この子、なかなかやるな。

赤ちゃんは優しく妻の胸にゆだねられました。青紫色だった赤ちゃんが、徐々に真っ赤な文字通り赤ちゃんになっていく、そして妻は「よく頑張ったね」と、いつの間にやら母の言葉と振る舞いになってやさしく赤ちゃんを抱いていました。当分の間は、母と子に父が割って入る余地はないなぁと思います。母は偉大です。

助産師さんが「子宮口がしっかり開いていた割には、赤ちゃんを強く押し出すような陣痛では無かったです。たぶん、赤ちゃんがへその緒が絡まないようなちょうど良い陣痛に調整したんでしょう」というような話をされました。まさに生命の神秘です。このことを思うたびに、今も泣いたり動いたりするわが子を見て、母の胎内での大仕事の余韻に捕らわれているのではとすら思ってしまい、心の中で「もう大丈夫だ、あとはお父さんとお母さんが守ってやるぞ」と優しく語りかけてやります。

私は父になりました。偉大なる使命を背負ってこの世に生を受けたわが子をしっかりと導いてやれる良き父になりたいと思っています。


今年こそ、「伝統が未来を拓く」年に

2009.01.19 Monday|過去のブログしんじ

地方議員にとって、毎年1月は様々な業界・団体などの新年会が続く日々です。1日に3つ4つの会に出席することも珍しくありません。それだけ多くの会に出席していますが、今年はどこの会でも「100年に1度と言われる大不況だが、頑張ろう!」という挨拶がなされます。しかし、その「頑張る」は「何とか歯を食いしばって耐える」と言った程度の意味であることが多く、「何を目指してにどう頑張ればいいのか」というところに踏み込んだ言葉はあまり聞かれません。

では、「どう頑張るのか?」ということですが、私はそれぞれが原点に立ち返ることだと思います。そもそも私は、「今こそ、伝統が未来を拓く!」という言葉を掲げ初めての選挙を戦ったわけで、常々「原点回帰」を訴えているのですが、今のような混迷を極めた状況でこそそれが大事だと確信しています。人が自らを省みて自分に相応しい道を選び取るように、文化圏としての社会も、先人が長い年月の中で幸せに暮らすために蓄積した知恵や工夫=伝統に学び、未来の姿を描くことが、自然で相応しいと考えるからです。

現在の日本は、そうした根本的な自己反省をすべき「浮き草」のような有様と言えます。経済は、単なる不況に留まらず「市場原理主義はどこまで可能なのか?政府は、国民生活を守るためにどこまで介入すべきか」が問われ、新たな経済秩序が求められている状況と言えます。政治もそれと関連して、日本の国づくりの根本的な展望が問われている状況です。また、昨今のおぞましい事件などに象徴される社会規範の乱れは、新たな社会秩序、規範意識、価値基準などを求めている証拠です。日本全体が、自分たちの気質と照らし合わせて「本当にこれで幸せなのか」が問われる状況なのです。

このように今の日本は不況の克服だけが課題ではありません。社会の総点検こそが、今考えるべきことなのです。年頭に記したことを繰り返しますが、今年はしっかりと大義を自覚して、着実に歩みを進めるべき己丑(つちのとうし)の年だと思います。「苦しいときほど原点に立ち返る」ことの重要性を多くの方が自覚できる1年になればと願ってやみません。


平成21年(己丑)年頭に記す

2009.01.06 Tuesday|過去のブログしんじ

皆様、あけましておめでとうございます。

平成20年は、米国の金融危機に端を発した世界同時不況が深まるうちに幕を閉じました。そんな中で、多くの方が、平成21年は「明るく幸せな一年に」と希望されていると存じます。本日国会が開会しましたが、こうした時ほど迅速で力強い政治の対応が求められる時はありません。私も地方議員として、微力ながら全力でこの難局に立ち向かいたいと決意を新たにしています。

さて、地方議員として2年目の昨年を振り返ると、ようやく少し視界が晴れてきて自分なりの活動ができるようになってきた、といった風でした。まだまだではありますが、仕事に追われてはこなす日々に「何故自分が議員になったのか」という本義すら見失いがちになった議員1年目に比べて、少しずつ議員活動にも慣れてきて、常に遠くを見つめながら目の前の仕事に取り組む態度も身についてきたように思います。このブログの更新や紙媒体の「二之湯真士通信」の発行も軌道に乗せることができました。

本年は、その基礎に立って、さらに活動を充実させて参ります。お陰様で、春には私をお支え頂く後援会組織も設立する予定です。府政報告会や懇談会などに加え、旅行会などの各種リクリエーションも多数開催し、より多くの方々と触れ合う機会を確保し、皆様と喜怒哀楽をともにできる「真の代表者」になるんだという気持ちで、精進を続けたいと思います。

ところで、本年は「己丑(つちのとうし)」の年です。私の行の師匠が言うには「身構えて、確かな歩みで進めば、地は耕され、いずれ芽が出る、焦らずそれを待つのが良い」という年のようです。私も、決して功を焦るようなことはなくしっかりと身構える、つまり自らが政治に臨む大義を再確認して、困難が伴おうと愚直に着実に歩んでいくのが良い、いやそうしないと濁流に飲み込まれるような激動の年である、と直観しています。

この心構えでこの一年もしっかりと頑張りますので、本年も皆様のご指導・ご鞭撻を宜しくお願い申し上げます。